Book Detail
『邪馬台三国志』ダイジェスト版
Synopsis
あらすじ
縄文中期、黄帝末裔が渡来し、北九州に地の神を称える那珂つ国を建てた。前五世紀、呉太伯ら子孫が九州西北に渡来して日の神を祀る天之国を興し、水田稲作を広めた。双方は盟約して畿内まで進出した。前四世紀、越オロチ族が襲来し、北九州にオロチ厳之国王朝を開いた。前三世紀、天之国は韓系日高国と組んで倭国王朝(高天)を開き、北陸や濃尾に進攻した。以後、豊葦原中国、伊都国、女系天神を担ぐ倭奴国の王朝が興った。 一八〇年代、七代倭王で日隈王の伊奘諾は、六代天神から東方統治建て直しを詔されると、副都唐古を治める豊受皇太神(天神宗女向津姫の婿)を率い、畿内鎮圧に動いた。その最中に皇太神が反逆した。一八五年、神戸市東部で大乱が勃発し、出雲に飛び火した。敗れた伊奘諾は、向津姫・素戔嗚と日向に逃れた。勝った皇太神は瑞穂厳之国王朝(邪馬台国)を建てると、水天神天照大神と称して天叢雲剣を天璽に奉り、常世づくりに励んだ。児の天鹿児山も火天神に立ち、羽羽矢を天璽とした。一八〇年代後半、向津姫は高千穂宮で日神の天照大御神に昇り、八咫鏡を天璽に奉った。一九○年頃、素戔嗚は出雲で大蛇(天照大神親子)を討ち、豊葦原中国立て直しに奮闘したが大己貴に妨害された。その後、大己貴が葦原中つ国を再建して邪馬台国を攻めた。天照大神は日神への大政奉還が最善と悟った。二一〇年前半、高千穂宮に赴いた天照大神(高皇産霊)は大己貴に国譲りさせると、皇孫火瓊瓊杵に吾田降臨を命じた。直後、大倭に戻って天火明に日高見国を建てさせ、関東~陸奥の領土拡大を命じた。同じ頃、日神も大倭に向かった。その途上で夫が急逝した。二二〇年代前半、日神は纏向宮で女王ヒミコに共立されると、天(厳)之国王朝(倭)に模様替えした。一方の火瓊瓊杵は日向に西都を開き、日前と改名した。火明も市原市惣社に東都を開いた。二四〇年代中頃、女王と火瓊瓊杵が争い出した最中に火明が謀反したが、敗れて常陸に走った。女王は火瓊瓊杵と和睦してその児海幸彦(火明饒速日)に日本家を建てさせ、伊勢に遷座した。二四〇年代末に女王が逝くと、饒速日は日本朝を開いた。二代女王トヨの晋朝貢後、彼はヒミコ陵で郊祭して天神に昇った。火瓊瓊杵跡継の火火出見も、和国と改名した。二七〇年代後半、景行は天神から熊襲征伐を下命されて日向に侵攻したが、惨敗して六年囚われた。二八〇年代前半、仲哀も熊襲征伐のため、副都橿日宮に赴いた。この直後、和国を継いだ磐余彦は東征して橿日宮を急襲した。吉備・出雲を制圧した東征軍が三世紀末に日本朝を降すと、饒速日は帰順を願い出た。三〇一年、磐余彦(神武)は橿原に大和朝廷を開き、初代天皇に即位すると、饒速日の児に物部姓を語らせ、大和朝廷守護を厳命した。三〇四年、神武は鳥見山中の祭場で郊祭し、天照大御神と高皇産霊を皇祖天神に奉った。
Hitokoto
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