Book Detail
有岡城の戦い
Synopsis
あらすじ
有岡城の戦いは、織田信長に重用されていたはずの荒木村重が、突如信長を裏切ったことによって起こった戦いである。あの信長に謀反を起こすことは、無事でいられるとは思われない。信長に背いた荒木村重は、その後どんな運命をたどることになったのか、意外な人生が待ち受けていたようである。天正元年(1573)3月(織田信長が足利義昭との対立を深めていた頃)より、信長に仕え始めた荒木村重。天正2年(1574)11月には、摂津の国の支配権を与えられるまでになっていた。他家(池田氏)の家臣出身でありながら、村重はかなり優遇されていたようである。有岡城の戦いの経過と結果同年11月9日、第二次木津川口の戦い勝利の報せを聞いた信長は、京都を出陣した。翌日10日には、織田信忠・滝川一益・明智光秀・丹羽長秀らも、摂津に入りをした。高槻城・茨木城の開城高山右近の高槻城、中川清秀の茨木城。有岡城へ向かう途中にあった2つの城があって、信長はキリシタン大名の高山に対して、こんな方法で切り崩しを図った。宣教師を呼び寄せ、高山を説得してもらうように依頼したのである。(1)説得できたらキリスト教を保護(2)引き受けないなら、キリスト教は禁教という条件を突きつけたのです。すごい二者択一。宣教師の説得を受け、高山右近は高槻城を開城した。高山は村重に息子と姉を人質に差し出していたので、苦渋の決断以外の何物でもなかったでしょうね。ただ息子と姉は無事だったようである。11月16日、高山は信長のもとを訪れ、信長より領地を与えられた。そして24日には中川清秀が降伏し、茨木城も開城。続いて、大和田城などが開城している。総攻撃の失敗有岡城を奪取すべく、信長は5万もの大軍で取り囲みました。そして12月8日午後6時、総攻撃が開始された。しかし有岡城は、村重が大改修を行って完成させた堅固な城。3つの砦と城下町を取り込んだ惣構え(城郭全体を土塁・堀で囲んだ構造のこと)を持っており、そう簡単に攻略できるような城ではなかった。村重軍の激しい反撃に遭い、信長軍の攻撃は失敗。信長の側近・万見重元はここで討ち死にしている。
Hitokoto
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