Book Detail
真景累ヶ淵
Synopsis
あらすじ
[作品について]真景累ヶ淵は圓朝21歳(1859(安政6)年)の作といわれる。当初の演題は「累ヶ淵後日(ごにち)の怪談」と題し、道具仕立ての大掛かりな噺であったらしい。 しかし、明治維新を経て、1872(明治5)年より素噺(すばなし)に転向した圓朝は、「文明開化に怪談は通用しない」という言を容れて、演題を「真景累ヶ淵」と改めた。「真景」すなわち「神経」、幽霊というものはこの世にあるかないか分からないけれども、あると思うのは「神経」の為せるわざである、というのである。これが新奇を求める人々に大いにうけたらしい。確かに全編を通じて、いわゆる幽霊らしきものが出てくるのは、死んだはずの豐志賀が新吉を訪れる場面だけである。 話は、金貸しの宗悦が深見新左衞門に斬り殺されるところから始まる。時を経て、宗悦の娘園は新左衞門の長兄新五郎に殺され、宗悦のもう一人の娘豐志賀も父の仇の息子とは知らず、新五郎の弟新吉と深い仲になり、嫉妬に身を焦がし、ついには自害する。 ここまでが端緒で、以後、複雑に因果が絡み合った因縁噺となっていく。次第に噺が冗漫になっていく感は否めないし、最終的に因果応報噺になってしまうことにご不満の向きもあろうと思うが、これだけの大作にまとめ上げた圓朝の力量は、誰もが認めるところではなかろうか。 累ヶ淵は、現在CDで故林家正蔵のものが聴ける。また、故三遊亭円生のものもあるようだ。(以前、ラジオのNHK第一で放送していた)本来の話芸としての累ヶ淵を知るよすがとして、こちらもあわせて聴いていただけたらと思う。(小林繁雄) 「真景累ヶ淵」[文字遣い種別]新字新仮名
Hitokoto
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